みんくるカフェ大分事務局のだいちゃんこと渡辺 大です。
かなりご報告が遅くなって申し訳ありません!11月に開催いたしました、みんくるカフェ大分第8回「郡部の医療、都市部の医療」の開催報告をさせていただきます。
今回は、みんくるカフェ大分にとって初めてが2つありました。

ひとつは、初めて他の市で開催できたこと
もうひとつは、初めて赤ちゃんが参加(0歳児が2人も)してくれたこと。
0歳から60歳まで、今回が一番、いろんな年代の人がいたように思います。
というか、今気付いた。
子供が来る、いや来れると、一緒に若い親も参加してくれるからそう思えるんですね。
(当たり前か)
そして、さらに、自分にとって素敵なことがひとつありました。
今回のゲストスピーカーは、地元で地域医療を支えてきたお医者さんでした。

「ここでの医師の目的、それは”死なすこと”だと私は思っています。病院の外でも、ここでは患者さんたちとの関係が終わることがありません。ある病気を治しても、年をとって、また私の前に現れる。また治して、また年をとって、、、それが続きます。だから、”死なすこと”が私の目的です」
先生はそこまで言ってから、ちょっと子供たちの方を見て、
「ま、今からどんどん元気に生きていく人の前で死について言うのも、縁起が悪いですが・・・・」
と、遠慮がちに付け加えました。
このワンシーン。
「様々な年代の地域の人たちがいる中で、その地域を支えている医療者と、死も含めた話をざっくばらんにする。」
この絵が、見たかったんだなぁ、自分は。
まぁ、今日見られたこの瞬間は、まだ本当に「切り取られた絵」でしかありませんが。
見たいものがひとつ、一瞬だが見られた。少し幸せ。
それでは自分の感想を少々。

「病院にかかるお金がない」
「難病にかかったときに大分県には専門の先生がいない」
「信じられる情報がほしい」
「どの医者が信じられるのか分からない」
など、様々な意見が出てきました。
その上で今回自分にとっての気付きは、
誰しもが信頼できる一人目の医師がほしい。
『信じられる情報』ではなく、『信じられる人からの情報』がほしい。
一人目の医師は、
”その先生の言うことなら”
という関係を築ける人格者であること。
(実は一人目の医師の”専門”は二の次なのだろうか?)
ということでした。
まぁ、最後の一言は、正直まだわかんないです。
ただ、患者さんに向かう姿勢と、その専門科に関係がないことは、これまでいろんな先生たちが背中で教えてくれました。
毎日毎日、精進していこう、という思いを新たにした一日でした。
それでは、またみんくるカフェでお会いしましょう。失礼いたします。
だいちゃん
今回お邪魔したのは国東の富来茶屋さま。地域の作物や加工品が売られています。
https://www.oita-press.co.jp/1010000000/2014/04/19/121811
https://www.oita-press.co.jp/1010000000/2014/04/19/121811
おなじみ、ランチタイム!子供から大人まで、皆でワイワイ!
今回のお料理は、なんと「薬草料理」。わたしもはじめて知ったのですが、東日本大震災で食べ物が得られなかったことの教訓から、食べられる野草を知っておこう!という運動もあるようです。
初めて食べる菜っ葉ばかりでしたが、どれも美味でした!また、お邪魔したいです。